推薦コメント
ブレイディみかこ 保育士、ライター、コラムニスト
階級、環境破壊、ハラスメント。現代が抱える問題の坩堝(るつぼ)のような職場を描きながら、それが一面的な批判に終わらないのは、著者も「そこ」にいた人だからだ
どんな社会学の本を読むより、このコミックを読んだほうがわかることがある
金原瑞人 翻訳家
ここで描かれていくのは、肉体的、精神的に疲弊していく自分と折り合いをつけながら、ある意味、したたかに生き抜いていく彼女の姿だ。彼女を支えているのはたくましさではなく、しなやかさだ。ユーモアや自分なりの考えと感性を武器としてではなく、防具としてじつにうまく使っているところに説得力がある。この作品は、男女を問わず、これからを生きる人たちすべてにとってのバイブルになりそうだ。
原 正人 サウザンコミックス編集主幹
前途ある若者がどうしてこんなにも無意味な足止めを食らわなければならないのか。未来ある若者につきつけられた不条理に怒りを覚えざるをえないが、そんな人たちにとって、本書は心の底から共感できる本であるはずだ。
川原和子 マンガエッセイスト
分厚い本。
開くと、どちらかというと淡々としたコマ割が続く。なのに、気づけばひきこまれて一気に読んでしまいました。本作は、21歳の女性がオイルサンド採掘の現場で働いた2年間の生活が描かれた、作者の自伝的な作品とのこと。人物はユーモアさえ感じるシンプルな線で描かれていて親しみやすいのに、残るのはずっしりとした読後感です。
まず、デフォルメされた線で描かれた人物と、写実的、かつクールに描写される背景が効果的に合わさって、主人公の置かれた状況のつらさ、孤独、強い無力感が伝わってきて圧倒されました。人物が、目に光が入っていないカートゥーン的な描線であることで、しんどい物語に一定の距離感をもって読めるのかもしれません。人物と対比的に、ときに残酷な事故も起こる巨大な工場や、過酷な寒さをもたらす、皮肉なまでに美しい自然など、ここぞというときに見開きで描かれる、緻密な背景が実に雄弁な効果をあげていると感じます。
本作では、主人公が大勢の男性に囲まれた若い女性労働者であることで、人格とは関係なく「若い女」であることのみに焦点をあてた視線を(視線を浴びせる側とは)非対称に浴びながら労働する理不尽さもきちんと描写されています。それが女性にとっては暴力的な屈辱であること、しかしほとんどの男性にとっては「褒めているのに!」というくらいの無邪気な、一方的な暴力であることも。性暴力についても個人としての防御の限界や告発しづらさ等、女性特有のつらく重い問題が描かれます。
男だらけの中で、世間から隔離されて労働する若い女性が遭遇する困難、という意味では、まちがいなくジェンダー的な告発的要素もある本作。
でも、自分への加害者的要素もありながら、どこかに経済的困難のなかで否応なく労働に従事しているという仲間意識もあり、高みから自分の結論にあうような証言を聞きにくるような女性記者には、なにも言いたくなくなる、という主人公の屈折した心情もわかり、人間の複雑さに思いをはせました。
主人公の生活に焦点をあてつつも、現場の労働者が道徳的とはいいがたい行動に走るのは、個々の人間性ではなく構造の問題なのだ…という理知的な視点をもって描かれているのも、主人公個人の視点と、俯瞰の視点から描かれた風景が挟まれる描写が往還する内容とリンクしていると感じました。
『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の素晴らしい翻訳で印象的だった椎名ゆかり氏の訳も、丁寧かつリズムを阻害せず、本作の読みやすさに貢献してくれています。
そして、学生ローンで大学に行き、好きな仕事に就くことを夢見たのに、教育を活かせる仕事では生活が成り立たず、まったく学んだことと関係の無い過酷な労働をせざるを得ない矛盾。まさに日本でも起こりつつある(もう起きている?)若者にのしかかる理不尽な困難では、と背筋が寒くなりました。
さまざまな社会的な構造の問題を暴きつつも単純な告発にとどまらず、人間の複雑さまでも効果的な手法で描いている本作には「物語をマンガで語る意味」を強く感じました。
語り口は軽妙なのに重量級の読みごたえ。ぜいたくな読書体験です。
多くの人に、ぜひ、いま、読んで欲しい作品です。
「本のチャンネル」 訳者 椎名ゆかりさんインタビュー
著者 ケイト・ビートンから 日本の読者の皆様へ
これは、ごく普通の一般的な家庭に育った私が、若いころにカナダ北部のオイルサンドで働いた体験を綴った物語です。本書を皆様に楽しんでいただければ嬉しく思います。
物語を書いていた時、他に現場で働く人たちの体験を伝える漫画はないか探していました。その中で特に印象的だった作品が『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(竜田一人著)です。現場の人たちの体験記は多くありませんでしたが、日本には多様で豊かな漫画文化があることに鑑みれば、このような素晴らしい作品が生まれたことに驚きはありませんでした。
本書も同様に、一般にはあまり知られていない産業の実態を伝え、読者の心に響くことを願っています。マスコミや企業が伝えるメッセージ、大企業や政府が作ってしまう世論を超えて、そこで働いた体験をありのままに描いています。本書はカナダを舞台にしていますが、企業と働く人たちとの力関係のありようは世界共通と言えるでしょう。
インターブックスから本書が発行されること、そして漫画の力を真に評価してくださる業界や読者たちの一部になれることに感謝しています。どうか本書があなたの心にも響きますように。
感謝を込めて
ケイト・ビートン
著者 ケイト・ビートン
(Kate Beaton)
カナダのマンガ家。大学で歴史と文化人類学の学位を取得後、学生ローン返済のため2年間、オイルサンドのプラントで働く。その間に『Hark! A Vagrant』のタイトルでウェブコミックの創作を始め、世界中の読者を魅了。作品集『Hark! A Vagrant』や『Step Aside, Pops』は、『ニューヨーク・タイムズ」のグラフィックノベルのベストセラーリスト、『タイム』『ワシントン・ポスト』などでその年のベストリストに名前を連ねた。アイズナー賞、イグナッツ賞、ハーベイ賞、ダグ・ライト賞を受賞。
訳者 椎名ゆかり
海外マンガ翻訳者、東京藝術大学非常勤講師、デジタルハリウッド特任教授。文化庁参事官付芸術文化調査官(メディア芸術担当)。アメリカ・オハイオ州ボーリンググリーン州立大学大学院ポピュラーカルチャー専攻修士課程修了。海外マンガや論文の翻訳及び海外におけるマンガ状況について執筆を行う。主な訳書に『ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』、『マンガ学 マンガによるマンガのためのマンガ理論』、『ザ・ボーイズ』、『モンストレス』など多数。